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2011.3.23 東北地方太平洋沖地震後 朝日町から潮見町、弁天町方面へ(41pic's)

2011/03/24 19:54
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商港岸壁中央付近から北側。

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南側

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南西方向

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西側の建物は丸加工の冷蔵工場

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その隣、臼真倉庫

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倉庫内には米が入っていたらしい。

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向かいの気仙沼合同庁舎

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一階はハローワーク、2階にはオラの登記簿があった。

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土木事務所

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津波避難ビルのマーク

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商港岸壁北側の通路へ移動。ここより北にある気仙沼魚市場

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対岸には座礁した漁船、作業船。

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西には阿部長カツオセンター

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商港岸壁カーフェリー乗り場から魚市場へ至る道。

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観光案内板

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潟Jネウ水産、(有)あかぶさ食品

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これはわからない。


マルヤ足利本店
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中央公民館
津波時、ここから撮影された動画があった。



中央公民館グラウンド側。
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ここには、岡田商店、阿部長、まるき小山平八商店、まる多熊栄産業があった。動画では濁流が正面から流れてきている。

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流された「まる多熊栄産業」は中央公民館左側に張り付き、まる多熊栄産業にはひしゃげたタンクのような丸い物が張り付き・・・・後から、まる多の社長さんから、缶コーヒーと元気を頂く。

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中央公民館の北側には気仙沼水産物流通センター、その左には阿部長超低温冷凍庫がある。

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流通センター

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なんにも言えない。みんながんばろうな。

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流通センター内部

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流通センター隣の二印大島水産の工場

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桜井箱屋の木製カツオ一入れ

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丸忠斎藤商店

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内部

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これに加工品を並べ加熱殺菌する。

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ハネパック跡

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道端に寄せられた大量の缶詰とトンネルフリーザー

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サメ屋さん無事

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大森商店の流された商品の山

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一級品のカツオでつくられたカツオのたたき

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いくらも極上品
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2011.3.23 東北地方太平洋沖地震後 川口町から朝日町商港岸壁まで(12pic's)

2011/03/23 22:05

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川口町のはやし屋釣具店付近を曲がると、大船渡の大鮮(ダイセン)さんの空き箱があった。そこを右に曲がると正印渋谷の冷凍庫。さらに進む。

 

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カネダイ付近に岡本製氷の特殊砕氷トラックが2台。

 

 

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その向かい側にはフカヒレの小梨商店。

 

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漁協超低温冷凍庫付近に、400トン級のマグロはえ縄船があった。

 

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その手前には、ぽっかり穴があいている建物があった。これは何だったか思い出せない。


大きな地図で見る

 

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大きな縄船が道をふさぐように・・・・船が、舗装道路を・・・・ふさいでいる。

海に浮かんでいる時には勇ましさを感じていたのだけれど、こうやって陸上にあっても、その存在感は変わらない。

 

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船首は超冷気仙沼商港冷凍工場に向いている。左舷側一部焼けた跡があるが、かっこいい。もう一度海に出てもらいたいなぁ。

 

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船尾は漁協超低温冷凍庫にニアミス。

 

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第35八幡丸

 

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津波で受けたらしい傷がある。

 

exblog インドネシア語の中庭ノートに乗組員は無事と書いてあったが、そのほかの情報はわからない。

 

sanggar.exblog.jp

2011年 03月 18日

sempat hilang kontak

"17 WNI ABK Kapal Yahata Maru No. 35 Selamat" (KBRI, 2011.3.17)
Nama-nama ABK WNI Kapal Nelayan Yahata Maru No. 35 yang sempat hilang kontak tanggal 11 Maret 2011 saat terjadinya tsunami, berada dalam kondisi selamat, sebagaimana dikonfirmasi oleh asosiasi kapal nelayan setempat (Japan Tuna Fisheries Corporation). Saat ini mereka berada di kota Kesennuma, Miyagi Prefecture.
ABK [anak buah kapal] 船員,乗組員.
sempat hilang kontak 一時連絡が取れなかった.
釧路機船漁協所属の遠洋カツオマグロ漁船「第35八幡丸」(420トン)は、気仙沼港で出漁準備中だった。所有する浜木漁業(釧路市)の浜木良雄社長ら2人が現地にいた。道によると、乗組員はいずれも気仙沼市民の日本人7人、インドネシア人17人の計24人を予定していた。 (「漁業大打撃・物流ラインも寸断 避難指示・勧告は解除」 asahi.com, 2011.3.14)
●第35八幡丸乗組員の追加情報.
"Kebersamaan yang Menguatkan Mereka" (Kompas, 20 Maret 2011) から以下.やはり出港前で港の構内施設に避難して無事だったようである.

 

 

 

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この漁協超低温冷凍庫にオラは少々だが魚を預けていた。

ま、これは諦めよう。

 

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気仙沼市朝日町にある商港岸壁に到着。強い北風が吹いていた。

ここから、川口町の水産加工団地へむかう。

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2011.3.23 東北地方太平洋沖地震後 赤岩港、曙(あけぼの)橋付近(20pic's)

2011/03/23 20:41
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3月21日は不通だった曙橋。

気仙沼大川の最下流にある橋だ。

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下流側欄干は消失している。

 

 

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23日には通れるようになっていた。

オラは、一昨年の9月には、この近くに住んでいたのだった。

 

その跡がこちら。

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今のところに引っ越す前、周りの人たちになぜ引っ越すのかと聞かれ、「津波が来ると怖いから。」といって笑われたことを思い出す。「ここに津波が来るようなら、気仙沼は全滅だよ。」そう言って送ってくれた人たちは、無事だろうか。

今何も起きていないから、何となく安全だと思ってしまうこと、それがいつの間にか安全だと確信してしまうことが気仙沼の魚市場周辺の低い所に街を造ってしまったのである。これは原子力施設周辺に住む人たちの心理状態に似ているのではないだろうか。

 

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赤岩港の薬王堂

 

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生鮮スーパーCREAクリエみうら

 

ここの近くにはジャスコもある、ホーマック、DIYのダイシン、ファミリーマート、水産加工団地、魚市場、合同庁舎、ケーキ屋、自転車屋、スナック、ハローワーク・・・・何でもある。住むにはいいところだった。少々寝坊しても、魚市場に3分で着ける。これが最高だったなあ。

 

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曙橋たもとのファミリーマート跡

 

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カネカシーフーズ

 

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気仙沼名産のイカの塩辛、味付けメカブの八葉水産の工場の一つ。

右は一級品のホタテとカツオを扱っていたマルフジ。

 


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そこの入り口にはJR気仙沼線の踏み切りがある。

 

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JR南気仙沼駅方面

鉄橋はどこかに流されてた。

 

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JR松岩駅方面

 

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前浜方面にはダイウロコ、マルヤマカ、冷加工、マルタフーズ、八葉水産の工場がある。

ここから戻って、曙橋を渡ることにした。

 

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この先、行き止まりっぽい。

 

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左に曲がる。正面にはヤマサ鮮魚店があった。このまま行けそうだが、どんどん深くなっていくので、引き返す。

 

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右はガードなのでかなり深い。ので、川沿いを行くことにした。

 

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川沿いにある千葉喜商店前。線路が寄せられていた。

この後、いちじゅう畠和「海の市」販売所のみなさんと会う。オラがよくお世話になっていた販売所のスミエさんを探していたのだった。早く見つかることを心より祈る。

 

この後、川口町、朝日町、潮見町にある水産加工団地にむかった。

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2011.3.23 東北地方太平洋沖地震後 気仙沼大橋付近

2011/03/23 19:12

小牛田の親戚よりお野菜を頂いたので、何人かの友人におすそ分けをすることにした。朝食後、野菜をリュックに詰め込んで、ママチャリを走らせる。今いる松岩から魚町方面に行くのだけれど、腿がパンパンになってしまうからできれば化粧坂は通りたくない。というわけで、化粧坂を目の前にして右折、ザワザワを通って幸町に抜けることにした。

 

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津波翌日は倒壊家屋の瓦礫に埋もれていたこの道も、だいぶ片付いてきている。

 

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しかし、残念。

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行き止まりだった。

 

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この辺りは海抜6〜7mぐらいだろうか。となると、ここは10m以上の波が来たことになる。

 

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Crのマークは何だっけか・・・。倒壊の恐れありか、被災者無しか、どちらだろう?

ここから、大川の桜並木を通り、気仙沼大橋に向かう。

 

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残念、ここも通れない。

 


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大橋からの眺め。

大川上流方面。

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下流方面。

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東北地方太平洋沖地震後 3月13日のこと(38pic’s)

2011/03/21 20:43

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朝食はアイナメ、アカガレイ。

 

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昨日見た列車に誰か取り残されているかもしれないと思って、徒歩で向かう。

 

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遺体収容の現場で手を合わせる。

 

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この集落を守るには、あまりにもささやか過ぎた堤防。

 

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この日は携帯電話のカメラではなく、デジカメで撮影。

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中に入ると、すでに誰かの足跡があった。

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イカ釣り用のランプが転がっていた。

 

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2両目に向かう。

 

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2両目は斜め。

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隅々まで見たが、誰もいないので一安心。

 

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麻痺してる。

こういう画が何の違和感なく入ってくる。これ一件だけでも大事件なのに。

 

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津波は11日に起き、13日には車を錆らせる。

 

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なすやタクシー前

 

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高級車

 

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人、電信柱

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期限切れのコーラを拾った。ごちそうになる。

 

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銀行

 

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セブンイレブン跡


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ここから左の旧道を進む。

 

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気仙沼ホルモンの名店、出羽精肉店跡。ここに遺体が何体か。

 

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ここは住宅地だった。

                            

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ケーネット跡

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ケーネットはその上に押し上げられていた。

その後、釘を踏んづけて、家に帰る。

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東北地方太平洋沖地震 3月12日の午後にしたこと (30pic's)

2011/03/21 15:11

津波の翌日、魚市場前の惨状を確認し、午後からは我が家の下の浜を見に行くことにした。

※この日の午前のことは前エントリーを参照のこと。

 

ルートは気仙沼市岩月千岩田より方浜、松崎馬場、そして面瀬方面ということに決めた。

 

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まさか、列車が落ちているとは思わなかった。


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一度線路の土手まで登って振り返る。

 

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線路は波によって右に大きくカーブし田んぼの方へ向かっていた。

 

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浜に降りる。

家が一軒浮かんでいた。

 

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死んだ鰈を見つけ、海に帰した。

 

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行き止まり。迂回。

 

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養殖物が打ち上げられている。

 

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線路は海面より10mほど高い所にあったはず。

 

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そこから見上げると、木にゴミが引っ掛かっていた。

 

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線路はなだらかに下り、松岩駅に向かっている。正面に大島、手前の波打ち際にはささやかな砂浜と長い堤防があり、そこに未舗装の道路があったのだけれど、もう無い。


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ここで方浜に向かうことを断念し、松崎馬場方面に向かう。

 

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正面に見えるのは自動車解体処理会社

 

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小野万の商品梱包用ビニール。

 

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スルメイカが散らばる道路。

 

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電柱は根元からへし折られていた。

 

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小野万第2工場。2階の屋根に軽自動車。

 

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冷凍庫のドアは波によってこじ開けられ、つぼぬき冷凍イカのブロックが塊のまま飛び出している。

 

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ここは重油被害もなく、イカも凍っているから十分食べられる。勿体ないが、手をつけるべきではない。

 

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冷凍庫の中をのぞくと、イカと共にサバが散乱していた。

 

東浜街道に出る。


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トラックは横転。

 

 

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安い服の店オリーブは商品が奥の方に押しやられていた。

 

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川印の松岩工場も同様だった。

 

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痛ましい。

 

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何も言えない。

 

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ここを抜けて、面瀬川へ。

 

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田んぼに船が横転してる。

 

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真いか沖漬のパッケージ。

 

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小型のタンクローリーが灯油を川にこぼしている。

この後、面瀬中学校に向かい、エースポート近くの魚屋さんにばったり会い、お互いの無事を喜んだ。

 

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その後、防災センターで水をもらい、夜は冷えるので焚火をして、そのまま夕食。

 

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19時半就寝。

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東北地方太平洋沖地震 3月11日当日から翌日12日の午前にしたこと。(35pic's)

2011/03/21 13:39
2011年3月11日、気仙沼から車で約2時間ほど離れた岩手県北上市にある仕出し屋さんに、メバチマグロ1本配達し、その戻り足の最中に地震に見舞われた。その揺れの大きさからただ事ではないと感じ、揺られながら女房にメールをした。地鳴り、土煙り、うずくまり悲鳴を上げている人たち。電柱が大きく揺れ、電線がパチンパチンと嫌な音を発して、その直後、信号が消えた。女房からの返信はなかった。

ラジオは雑音だらけでよく聞こえない。NHKFMは英語、韓国語、中国語の同時通訳か何かでよく聞き取れないので、携帯電話のワンセグで情報をとることにした。15時20分頃、前沢のお得意様に到着した時、ワンセグには信じられない光景が映っていた。岩手県の宮古魚市場が津波に襲われている映像だった。

気仙沼に戻ると、サイレンは鳴りっぱなし、大津波警報が発令されていると防災スピーカーが何度も避難を呼び掛けていた。自宅に戻ると、女房と娘がコタツにもぐりこんでいて、オラが部屋に入ると、「バアッ!」っと驚かすように飛び出してきて、ホッとさせられた。メールをすぐ返したが届かなかったことなど2人いっぺんに今日経験してきたこと全てを話され混乱しながら安堵する。東側の山は街の火災でオレンジ色に縁どられ、その上に真っ黒い煙が高く立ち昇り、空からは非情な雪が降っていた。

いろいろと覚悟しなければならない時が来たようだった。身内や友人知人の安否、仕事のこと、水、それから当面の食糧である。冷凍ストッカーには加工食品、冷凍食品が詰まっているし、トラックにはメバチマグロが半身とビンナガ2本半、煮だこ7キロ、ホタテ、アンコウ、活アイナメ、活アカガレイ3枚、ホタテの紐2キロ、サバなまり節3K入れ一箱、丸忠のカツオパック10パック、岡田商店のチリ産サーモンの本漬け20切れ、丸干しイワシ一箱、氷が1カゴ半。そのほかに、塩蔵ワカメ5袋、塩蔵昆布5袋、荒削りとろろ昆布、乾燥すき昆布2枚、野菜少々、米30キロ・・・・・。

電源が失われている、やがて氷が尽きだろう。そうなると、圧倒的に生鮮品が多い今の食糧ストックではいつまでもつか。鮮魚は大量の水を使い一次加工し、人の口に入るまで適正に冷温を保たせなければならない為、緊急避難所に支援物資として提供することができないのである。今後のことを考えて、現金化もしたい・・・・。身内の安否もわからないまま、眠れない夜を過ごしてると、弟が飛び込んできた。弟の奥さんも、生まれたばかりの姪も無事だという。しかし、アパートは浸水し、市場前にある彼の店はたぶんダメだろうとのことだった。とにかく、今夜は無駄に動き回らず、じっとしてここにいなさい。そう告げてようやく浅い眠りをとることができた。

翌朝、弟の逸る気持ちを察して、彼の店と魚市場がどうなっているのか見に行くことにした。以下がその時の画像である。国道45号線気仙沼バイパスを北上し、宇佐美ガソリンスタンドでガソリンは買えず、カップラーメンを買い、JR不動の沢の鳴りっぱなしの踏み切りを超え、元町橋を渡り右折、大川沿いの通称「ザワザワ」を通って幸町へ。気仙沼市ガス前に着いた。車で行けるのはここまでであった。

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道路は津波によって破壊された瓦礫によって完全にふさがれている。彼の店はこの先にある。危険だがここを乗り越え行くしかない。

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行きどまって迂回。

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迂回。

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線路のある土手に登る。が、行き止まり。

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誰かのアルバム。

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正面に見える茶色のビルはマルダイビル。

かつての風景がgoogle mapに見ることができる。

大きな地図で見る

手前のガードはふさがっている。
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屋根の上が駐車場。

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線路には冷凍カツオ。

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ここで、下の道はあきらめ、少し戻って市民会館のある高台から魚市場前に行くことにした。

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高台より
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船が燃えている。

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無い。

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弟の店はトイレの便器半分だけを残し、全てを持ち去っていた。

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まるきビルに取り残された2名、その奥から逃れてきた2名を救助し、魚市場に向かう。

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河北新報ビル前から川原田方面。

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やや進んで振り返る。

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海の市

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魚市場北側に着く。

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気仙沼魚市場に着いた。

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活魚槽は全て流出。

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重油の臭いがする。

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馬鹿を言いあっていた仲買人詰所。

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小舟が打ち上げられている。

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ベルトコンベアー破損。

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内湾には延焼中の漁船。

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岸壁では何かが燃えている。

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市場桟橋は地盤沈下で水面が近い。

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津波の余波で、水が上がってきたので、あわててここを立ち去ることにした。

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一気に桟橋全体が水没する。

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ワニは泳げるからこのままに・・・・

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息を切らせながら高台に登り、振り返ると先ほど走ってきた道が水没していた。これが震災から津波翌日の午前にあったこと。




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米国原子力規制委員会(NRC)の福島原発から約80キロ以内に住む米国人の避難が適切であることの根拠

2011/03/20 19:50

 

アメリカでは、全身に対して10ミリシーベルトを上回る放射線量が予想されるとき、防護措置勧告が行われるようです。そして、最悪の場合、80km圏内が、その範囲に入ると予想しているようです。

枝廣淳子さんのe`s inc http://www.es-inc.jp/ の環境ニュースメールより

 

 

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◆根拠を示して指示を出す〜米国80km退避の指示(2011.03.20)

http://www.es-inc.jp/lib/archives/110320_133304.html

 

さて、米国原子力規制委員会(NRC)が、3月16日、以下のプレスリリースを出しました。

http://www.nrc.gov/reading-rm/doc-collections/news/2011/11-050.pdf

緊急和訳チームの和訳をお届けします。

 

◆NRCニュース No.11-0502011年3月16日

米国原子力規制委員会(NRC)、米国の指針に基づき防護措置勧告を行う

米国内で同様の状況が生じた際に適用される国民安全指針に従い、NRCは福島の原子炉から50マイル(約80キロ)以内に住む米国人の避難が適切であることを確信している。特に、米国においては、全身に対して1レム(10ミリシーベルト)、もしくは甲状腺に対して5レム(50ミリシーベルト)を上回る放射線量が予想されるとき、防護措置勧告が行われる。レムは放射線量を測る単位。平均的な米国人は、1年におよそ620ミリレム(0.62レム)(6.2ミリシーベルト)の自然および人為的原因による放射線にさらされている。

防護措置勧告を作成する際、NRCは天候、風向き、風速、そして原子炉の問題状況など、さまざまな要素を考慮する。

今回のNRCによる勧告は、コンピュータによる2組の計算結果によって裏付けされている。

(※シミュレーションのリンク)

http://www.nrc.gov/reading-rm/doc-collections/news/2011/11-050_Attchmt.pdf

 

原子力発電所での緊急事態を受け、NRCは他の米国機関と連携し、放出される放射線(radioactive releases)の観測とその進路の予測を行っている。入手可能なあらゆる情報はひき続き「ハワイ、アラスカ、米国領、米国西海岸が何らかの有害なレベルの放射線を浴びるとは予測されない」ことを示している。

 

※翻訳してお伝えする情報は、原文通りに訳したものとなります。原文に誤りがある場合でも、著者に確認し、修正してもらうことはできないため、翻訳にも事実と異なる部分が残っている場合があります。その点ご了承の上、お読み下さい。

 

 

※メールニュースに掲載されている内容・情報はそれぞれのご判断の上、出所(枝廣淳子の環境メールニュース http://www.es-inc.jp)を添えて、引用・転載くださってけっこうです。ただ、どの情報も「その時点での情報」であって、のちに修正・追加等される可能性がある情報であることをご理解・ご明記いただければ幸いです。

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2011.3.18 東北地方太平洋沖地震後 鹿折から魚町方面へ (21pic's)

2011/03/19 21:07

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安波トンネルをくぐって鹿折へ

 

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ライトがないと辛い、長いトンネル。

 

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トンネルを抜けると鹿折の街が見える。

 

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2011.3.15 jiji動画よりキャプチャー

 

 

 

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3.18には瓦礫と化した生活の破片が道端に寄せられ、すでに道ができていた。

 

 

 

YouTube - 宮城県気仙沼市での救援活動=東京消防庁緊急消防援助隊

 

 

薬王堂

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ここは鹿折な筈なのだけれど、どこかわからない。オラの道の記憶すべてが流され、焼かれてしまったようだった。

 

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施網運搬船 第18共徳丸

 

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かわむら冷凍庫

 

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遺体が収容されていた。

 

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寄り添いながらそこを動こうとしない2人

 

 

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第五朝洋丸

 

 

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第25豊清丸

 

 

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その向こうに、安洋丸

 

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第65新生丸

 

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ホテル望洋前より気仙沼内湾を眺める。

 

 

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オシメサマ前で、あてもなくトコトコと歩き回る。

油まみれの鳥はオラによく似ている。

 

 

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歴史的な建造物、武山米店は一階部分が壊れている。

 

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気仙沼のうまい酒『両国』、先輩の店『角星茶園』は武山さんの方へ流された。

 

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その正面では一足先に商売を始めた大内さんが、威勢のいい声を上げていた。

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瓦礫の中の水族館

2011/03/19 14:58

『平成23年(2011年)東北地方太平洋沖地震』 で発生した巨大津波によって打ち上げられ、あるいは津波によって破壊された企業の冷凍庫から放出してしまった魚介類などを、気ままにスナップしてきた画像集です。

 

 

気仙沼市幸町2丁目付近

CA3E0024

ゴマサバ(胡麻鯖)

スズキ目サバ科

学名Scomber australasicus (Cuvier,1832)

英名Blue mackerel

 

 

 

気仙沼市幸町2丁目付近

CA3E0025

マボヤ(海鞘、老海鼠、保夜)

脊索動物門尾索動物亜門ホヤ綱ホヤ目マボヤ科

学名Halocynthia roretzi (Drasche)

 

 

 

気仙沼市幸町2丁目付近

CA3E0023

 

CA3E0030 

 

CA3E0028

サンマ (秋刀魚、三馬)(佐伊羅魚)

ダツ目サンマ科

学名 Cololabis saira  (Brevoort, 1856)

英名 Pacific saury

 

 

 

気仙沼市幸町2丁目付近

CA3E0027 

シロサケのフィレ(白鮭)

サケ目サケ科
学名 Oncorhynchus keta (Walbaum 1792)
英名 chum salmon

 

 

 

気仙沼市幸町2丁目付近

CA3E0031 

フウライカジキ(風来舵木)(杉山)のドレス

スズキ目マカジキ科

学名 Tetrapturus angustirostris (Tanaka 1915)

英名 Shortbill spearfish

 

 

 

気仙沼市岩月千岩田より

CA3E0079 

マコガレイ(真子鰈)

カレイ目カレイ科ツノガレイ属

学名Pleuronectes yokohamae (Gunther 1877)

英名 Marbled flounder

 

 

 

気仙沼市方浜より

CA3E0081

ワカメ(若布)

コンブ目チガイソ科

学名 Undaria pinnatifida (Harvey) Suringar

英名 sea mustard、brown seaweed、wakame seaweed

マガキ(真牡蠣)

ウグイスガイ目 イタボガキ科

学名 Crassostrea gigas(Thunberg,1793)

英名 oyster

ムラサキイガイ(紫貽貝)

イガイ目イガイ科

学名 Mytilus galloprovincialis (Lamarck, 1819)

英名 Mediterranean mussel

 

 

 

気仙沼市岩月 おの万の冷凍庫周辺より

CA3E0088

CA3E0092

CA3E0093

◆スルメイカ(鯣烏賊)

ツツイカ目 アカイカ科

学名 Todarodes pacificus (Steenstrup1880)

英名 Japanese Flying Squid,Japanese Common Squid,Pacific Flying Squid

 

 

 

気仙沼市松崎馬場周辺より

CA3E0099 

カツオ(鰹)

スズキ目・サバ科

学名 Katsuwonus pelamis(Linaeus1758)

英名 Skipjack tuna

 

 

 

気仙沼市松崎馬場周辺より

CA3E0101

メバチマグロの頭部(目鉢鮪)

スズキ目サバ科マグロ属

学名 Thunnus obesus (Lowe1839)

英名 Bigeye tuna

 

 

 

宮城県気仙沼市栄町周辺より

CA3E0126

メカジキのドレス(目梶木、女梶木)

スズキ目メカジキ科

学名 Xiphias gladius (Linnaeus,1758)

英名 Swordfish

 

 

 

気仙沼市松崎中瀬周辺より

IMG_3542

ウミタナゴ

スズキ目ウミタナゴ科ウミタナゴ属

学名 Ditrema temmincki temmincki(Bleeker1853)


 

 

気仙沼市松崎馬場周辺より

IMG_3516

ビンナガのロイン(尾長、鬢長)

スズキ目サバ科マグロ属

学名 Thunnus alalunga (Bonnaterre1788 )

英名 Albacore

 

 

 

気仙沼市松崎馬場周辺より

IMG_3536

ボラ(鯔、鰡)

ボラ目ボラ科

学名 Mugil cephalus (Linnaeus1758)

英名 Flathead mullet Gray mulle

スルメイカ(鯣烏賊)

ツツイカ目 アカイカ科

学名 Todarodes pacificus (Steenstrup1880)

英名 Japanese Flying Squid,Japanese Common Squid,Pacific Flying Squid

 

 

 

気仙沼市松崎馬場周辺より

IMG_3543

アカザラガイ(赤皿貝)

ウグイスガイ目イタヤガイ科

学名 Chlamys farreri akazara (Kuroda1932)

 

 

 

気仙沼市松崎馬場周辺より

IMG_3529

マアナゴ(真穴子)

ウナギ目アナゴ科

学名 Conger myriaster(Brevoort1856)

英名 Conger myriaster

タイセイヨウサバ(大西洋鯖)

スズキ目サバ科

学名 Scomber scombrus (Linnaeus1758)

英名 Atlantic mackere

 

 

 

気仙沼魚市場周辺より

CA3E0070

ワニの剥製(鰐)

ワニ目

学名

英名

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鹿折なう

2011/03/18 11:51
画像
地震、津波、そして流出した油によって大炎上した鹿折に到着した。途中、一杯屋梟のオヤジから自転車をお借りして、ギーコギーコとやってきた。そこで週刊文春さんからインタビューされた。
画像は打ち上げられた第18共徳丸
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JR気仙沼線の列車

2011/03/18 09:10
画像
我が家は津波の被害が無かったのだけれど、二軒隣は二階建の一階部分に隣家の屋根が突き刺さっていた。その下には気仙沼線の列車が民間に突き刺さっていた。
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災害救援ボランティアなどをしてみる

2011/03/18 08:34
画像
昨日17日、オラのトラックで救援物資の輸送をお手伝いした。銚子港より缶詰やカップラーメン、切り餅、米、佃煮、毛布、おでん、卓上コンロ、灯油など6パレット分の物資が気仙沼魚市場に到着。これを物資配給センターに届けたのだった。残骸が多く残る海路を銚子港より運んで来てくれたマグロ延縄船弟37傳丸の皆さんありがとうございました。現在、気仙沼魚市場に至る陸路は沢田→市民会館→河原田→南町交番→市場となっている。冠水してなければ、エースポート前が通行できる。
画像は津波後の魚市場の様子。19番ホールから向こう側はひどい有り様。
◆追記
応援コメントたくさんありがとうございました。
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無事です

2011/03/14 10:14
みんな生きてるかい!うちは高台にあるので津波の被害はありません。食べ物は売るぐらいあるので大丈夫です。
mako@管理人
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幻の魚屋

2011/03/03 00:51

一昨年の11月に開店したオラの鮮魚卸店は、日頃のお得意様の活発な注文に支えられて、なんとか無事に2度目の決算、確定申告を済ますことができた。開店当初はお得意が4軒、その後いくらか増えたのだけれども、それでも配達しない日が週に3日もあったりで、そんな日々が半年ほど続いた。まったく魚が売れない日は家の敷地と日光の大部分を占領していた孟宗竹を一本、また一本と切り倒すことにしていたら、半年も過ぎたころにはあれほど密集していた竹林(ジャングルといったほうがいいかも)の約70パーセントが無くなっていた。

 

竹というものはよく『竹を割ったような・・・』とか『破竹の勢い』とか『松竹梅』などという慣用句がつきもので、竹の性質や、その青々とまっすぐ天に向かって延びる様などまったく目出度くて好ましいのであるが、それは目に映る部分、日光の当たる部分であって、日の当たらない部分までを指していない。日の当たらない地下では、地下茎が行き当たりばったりに這いずり、絡み合い、のたうちまわりながら、無言のまま休むことなくジワジワと四方八方に進軍し、敷地の大部分を精力的に侵略して物干し台を押し上げ、家の基礎を破壊し、桜の木を絞殺し・・・と勝手放題なのだから頭にきちゃうのである。しかも、地下茎を掘り起こそうにも、がっちりと土をつかんで離そうとしない。切るとそこから牛乳を腐らせたようなオエッとする臭いのする汁を泡とともに吐き出して、蠅を呼ぶ。ま、暇だからと試しに一本掘り起こすことにしてみたらば、これが後から後悔するほどの大仕事になってしまった。竹と竹が複雑に、しかも強情に地下茎でつながり合い、そのそれぞれが土をがっちりと掴んで離さないからだった。大量の汗で重くなったタオルと、方々に重なる地下茎の小山と、掘り起こされた後に残る大きな穴を大量生産しながら、オラは根を上げつつも、根を掘り続ける。茎を引っ張り出す。これが、日の当たらない地下で、豊かに繁茂した地下茎があるおかげで竹がまっすぐ伸びるのだなと悟らされた瞬間だった。そして、我が鮮魚卸店にもこのような竹の地下茎並みの強さ、土着性、ネットワークが欲しいなぁと思った瞬間でもあった。

 

半年が過ぎた昨年の四月ごろには資金も底を尽きかけていたのだけれど、お得意様からの紹介で産直施設で販売してくれないかとの依頼があり、と同時期に、マグロ専門の魚屋さんがオラに紙きれを渡し、「後を頼む。」と言い残し魚市場を去って行った。その紙きれには、彼がこれまで大切に守ってきたお客様の名前と電話番号が書かれていたのだった。

 

生き返った。水を得た。助けられた。それとも、何といっていいのだろうか、この人と人のつながりにあの時の地下茎を見たようで、なんだか嬉しかったなぁ。

 

最近、産直施設では、オラの鮮魚店はどうやら『幻の魚屋』と呼ばれているらしかった。日曜日の午前中、わずか3時間の間だけ開店するし、魚が無くなれば2時間でさっさと退散するからである。この産直施設は、道路を挟んでイオン、歩いて3分の距離に生鮮スーパーが2軒、鮮魚店が数軒ある商業地なので当初あまり売れないのではないかと思っていたのだけど、今は一部の商品で奪い合いが起きるほど大変なことになっている。前日は、「ほんとにこんなに売れるんだろうか・・・・」とつぶやきながら仕込みをするのだけれど、実際、産直施設に到着するとすでにお客様が待っていて、トラックから商品を降ろす暇も与えられないままバタバタと開店する。女房がその対応をしているうちにお客様がどんどん集まってきて、売り買いが錯綜したちまちパニック寸前になる。近くの料理屋さんが必ず覗きに来てあれこれ議論しながら何点か購入していき、スーパーの鮮魚担当者がリサーチにくる。気づくと、もう商品のいくつかが無くなっていて、ゴメンナサイ。そして、売れ残った物は徹底的に値引きして、売りきって終了である。明日からは卸売に業態が変わるためここで売り切ってしまわないと無駄にしてしまうのである。魚は絶対に無駄にしてはならないのだ。まるで一撃必殺の居合切りのようだね。ここでは、巷で言う=魚が売れない=は、存在しないのではないか。

 

長テーブル3台のみで、しかも日曜の午前中にたった3時間だけ営業する幻の魚屋は、まったく自制がきかない状態のままクチコミで広がり続けているようだった。今は始めたころの1.5倍〜2倍になっているだろうか。おかげで前日の仕込みが深夜早朝に及ぶようになってなかなか大変だけれど、彼らを裏切るわけにはいかない。そのうち、バチッと弾けて収拾がつかなくなりそうな気がする。

 

オラは欲張りだから、自分が触れるもの、関わったすべてがうまくいってほしいと望む。枯れかかった店だって昇華させたい。そんな売り方だからいつまでたっても大して儲からないのだけれど、そんなこんなで、今は紹介や魚屋の先輩からの引き継ぎでお得意様も増え、注文は途切れず、暇な時は暇なりに忙しく、全店舗から一度に注文をいただくと対応に苦慮する場面も増えている。彼らのネットワーク加わることを許されたオラの鮮魚卸店は、竹の地下茎のように静かに、しかし確実に強く、広がり、結びついていることがわかる。そのおかげで明日も商売ができる。これが何よりうれしいのである。

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