毎日がとてもあわただしくて、ブログをだいぶ留守にしてしまった。アクセスしてくださった皆様には深くお詫びいたします。ごめんネ。

いつの間にか、市場では今年の漁を終えたカツオ一本釣り船が、お土産を沢山かかえぞくぞくと帰途についている。
アイナメには紅葉が始まり、
スズキが深場におちる季節になっている。こういうことが見えるというのは、ようやくあたりを見回せる余裕が出来てきたということだろうか。
他人から見ると、今のオラは人生の岐路を前にしているように見えるらしい。人生の岐路とは、人によっては結婚であったり就職、転職であったりするものだろうが、もともと覚悟を決めて飛び込んだこの魚屋の世界で、小僧時代に旦那(社長)からたった一度だけ言われた事、それを実行に移すだけであるから、オラにはそんな「人生の岐路」という分かれ道など、目を凝らしてみてもぜ〜んぜん見えないのである。問題は、いつから始めるのかということだけであった。
「将来は独立するつもりで仕事をしなさい。その際には最大限の協力をしよう。」
「では、一人前の魚屋になるのに、一体何年かかるのでしょうか?」
と小僧が聞くと、旦那殿は、
「10年でなる人もいれば、いつまで経ってもならない人もいる。10年で魚の目利きになるということではないぞ。一人前の魚屋とは、目利きも大切だがそれ以上に大切なのは本当の仲間だ。その本当の仲間ができるのに10年。」
とおっしゃった。
その時からオラはその言葉を忘れずに、10年後には一人前になって独立し、店を持たねばならないのだと心に刻んで生きてきたのだった。
そろそろ10年になるか・・・と思っているところに、オラの元に女房が飛び込んできて、やがて子供が生まれ、一度は安定を求めた。だけれど、やはりいつかは独立しなければならないということは忘れなかった。
子供がだんだん大きくなってきて、今度こそ・・・と思っていると、六ヶ所再処理工場が海に放射能を流すが薄まるから安全ですなどとのたまいだす。これにはオラ、本当に頭にきたんだ。漁師さんが先頭に立って、学校の先生や、議員さん、パーマ屋さん、ナースちゃん、運ちゃん、ミュージシャン、アングラー、シーカヤッカー、サーファー、とうちゃん、かあちゃん、じっじ、ばっば、魚屋みんなで、「そんなもの流さないで!」と声を上げることになった。
それに、4年かかった。この問題はまだ続きそうだけれど、活断層の上に建っている高レベル廃液が漏れた工場はしばらく稼動の見通しが立たないということだし、あんなに小さかった跡取りの坊ちゃんも大きくなられたので、ひとまず小僧時代に交わした約束を6年も遅れて果たす事にしたのである。
というわけで、オラは自分の店を持つ事になった。今まで、使いっ走りの小僧、売り子、帳場、そして番頭は経験したが、旦那だけは経験が無い。零細企業なので、しばらくは1人仕事だろうから、小僧から旦那まで全てをこなさなくてはならない。さてさて、オラは一体どんな旦那になるんだろう。
今は開業準備の最中なので、毎日がとてもあわただしい。印鑑、伝票、帳面から、電子秤や梱包資材、氷屋、トラック、駐車場、出刃、前掛け、ゴム手袋・・・・などを揃え、装備だけは魚屋らしくなってきたようである。
独立開業に際して一番準備に時間をかけたのが『気持ち』だった。『モノ』は簡単に揃えることができるが、『気持ち』だけはそうは行かない。オラの揺れる気持ちを抑え、筋を通す事で周りにいる人たちが揺れ、不安になる。だから『気持ち』の準備にもっとも時間がかかった。独立とは「1人で立つ」という意味であるが、決して1人でするものではないのだ。オラなどは、家族や友人、会社からの理解と協力が支えとなってかろうじてヨロヨロと立ち上がることができた。だから、本当は、独立というものは皆で立つものだと思っている。
今月退社する会社の社名から一字を貰って自分の店に掲げ、(とはいっても店舗はないのよ)まだ見ぬお客様を求め、平成21年11月、ひっそりと開店します。