川口町のはやし屋釣具店付近を曲がると、大船渡の大鮮(ダイセン)さんの空き箱があった。そこを右に曲がると正印渋谷の冷凍庫。さらに進む。
カネダイ付近に岡本製氷の特殊砕氷トラックが2台。

その向かい側にはフカヒレの小梨商店。
漁協超低温冷凍庫付近に、400トン級のマグロはえ縄船があった。
その手前には、ぽっかり穴があいている建物があった。これは何だったか思い出せない。
大きな地図で見る
大きな縄船が道をふさぐように・・・・船が、舗装道路を・・・・ふさいでいる。
海に浮かんでいる時には勇ましさを感じていたのだけれど、こうやって陸上にあっても、その存在感は変わらない。
船首は超冷気仙沼商港冷凍工場に向いている。左舷側一部焼けた跡があるが、かっこいい。もう一度海に出てもらいたいなぁ。
船尾は漁協超低温冷凍庫にニアミス。

第35八幡丸
津波で受けたらしい傷がある。
exblog インドネシア語の中庭ノートに乗組員は無事と書いてあったが、そのほかの情報はわからない。
sanggar.exblog.jp
2011年 03月 18日
sempat hilang kontak
"17 WNI ABK Kapal Yahata Maru No. 35 Selamat" (KBRI, 2011.3.17)
Nama-nama ABK WNI Kapal Nelayan Yahata Maru No. 35 yang sempat hilang kontak tanggal 11 Maret 2011 saat terjadinya tsunami, berada dalam kondisi selamat, sebagaimana dikonfirmasi oleh asosiasi kapal nelayan setempat (Japan Tuna Fisheries Corporation). Saat ini mereka berada di kota Kesennuma, Miyagi Prefecture.
ABK [anak buah kapal] 船員,乗組員.
sempat hilang kontak 一時連絡が取れなかった.
釧路機船漁協所属の遠洋カツオマグロ漁船「第35八幡丸」(420トン)は、気仙沼港で出漁準備中だった。所有する浜木漁業(釧路市)の浜木良雄社長ら2人が現地にいた。道によると、乗組員はいずれも気仙沼市民の日本人7人、インドネシア人17人の計24人を予定していた。 (「漁業大打撃・物流ラインも寸断 避難指示・勧告は解除」 asahi.com, 2011.3.14)
●第35八幡丸乗組員の追加情報.
"Kebersamaan yang Menguatkan Mereka" (Kompas, 20 Maret 2011) から以下.やはり出港前で港の構内施設に避難して無事だったようである.
この漁協超低温冷凍庫にオラは少々だが魚を預けていた。
ま、これは諦めよう。
気仙沼市朝日町にある商港岸壁に到着。強い北風が吹いていた。
ここから、川口町の水産加工団地へむかう。