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カツオと共に去りぬ

2009/10/28 23:54

毎日がとてもあわただしくて、ブログをだいぶ留守にしてしまった。アクセスしてくださった皆様には深くお詫びいたします。ごめんネ。

 

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いつの間にか、市場では今年の漁を終えたカツオ一本釣り船が、お土産を沢山かかえぞくぞくと帰途についている。

 

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アイナメには紅葉が始まり、

 

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スズキが深場におちる季節になっている。こういうことが見えるというのは、ようやくあたりを見回せる余裕が出来てきたということだろうか。

 

他人から見ると、今のオラは人生の岐路を前にしているように見えるらしい。人生の岐路とは、人によっては結婚であったり就職、転職であったりするものだろうが、もともと覚悟を決めて飛び込んだこの魚屋の世界で、小僧時代に旦那(社長)からたった一度だけ言われた事、それを実行に移すだけであるから、オラにはそんな「人生の岐路」という分かれ道など、目を凝らしてみてもぜ〜んぜん見えないのである。問題は、いつから始めるのかということだけであった。

 

「将来は独立するつもりで仕事をしなさい。その際には最大限の協力をしよう。」

 

「では、一人前の魚屋になるのに、一体何年かかるのでしょうか?」

 

と小僧が聞くと、旦那殿は、

 

「10年でなる人もいれば、いつまで経ってもならない人もいる。10年で魚の目利きになるということではないぞ。一人前の魚屋とは、目利きも大切だがそれ以上に大切なのは本当の仲間だ。その本当の仲間ができるのに10年。」

 

とおっしゃった。

 

その時からオラはその言葉を忘れずに、10年後には一人前になって独立し、店を持たねばならないのだと心に刻んで生きてきたのだった。

 

そろそろ10年になるか・・・と思っているところに、オラの元に女房が飛び込んできて、やがて子供が生まれ、一度は安定を求めた。だけれど、やはりいつかは独立しなければならないということは忘れなかった。

 

子供がだんだん大きくなってきて、今度こそ・・・と思っていると、六ヶ所再処理工場が海に放射能を流すが薄まるから安全ですなどとのたまいだす。これにはオラ、本当に頭にきたんだ。漁師さんが先頭に立って、学校の先生や、議員さん、パーマ屋さん、ナースちゃん、運ちゃん、ミュージシャン、アングラー、シーカヤッカー、サーファー、とうちゃん、かあちゃん、じっじ、ばっば、魚屋みんなで、「そんなもの流さないで!」と声を上げることになった。

 

それに、4年かかった。この問題はまだ続きそうだけれど、活断層の上に建っている高レベル廃液が漏れた工場はしばらく稼動の見通しが立たないということだし、あんなに小さかった跡取りの坊ちゃんも大きくなられたので、ひとまず小僧時代に交わした約束を6年も遅れて果たす事にしたのである。

 

というわけで、オラは自分の店を持つ事になった。今まで、使いっ走りの小僧、売り子、帳場、そして番頭は経験したが、旦那だけは経験が無い。零細企業なので、しばらくは1人仕事だろうから、小僧から旦那まで全てをこなさなくてはならない。さてさて、オラは一体どんな旦那になるんだろう。

 

今は開業準備の最中なので、毎日がとてもあわただしい。印鑑、伝票、帳面から、電子秤や梱包資材、氷屋、トラック、駐車場、出刃、前掛け、ゴム手袋・・・・などを揃え、装備だけは魚屋らしくなってきたようである。

 

独立開業に際して一番準備に時間をかけたのが『気持ち』だった。『モノ』は簡単に揃えることができるが、『気持ち』だけはそうは行かない。オラの揺れる気持ちを抑え、筋を通す事で周りにいる人たちが揺れ、不安になる。だから『気持ち』の準備にもっとも時間がかかった。独立とは「1人で立つ」という意味であるが、決して1人でするものではないのだ。オラなどは、家族や友人、会社からの理解と協力が支えとなってかろうじてヨロヨロと立ち上がることができた。だから、本当は、独立というものは皆で立つものだと思っている。

 

今月退社する会社の社名から一字を貰って自分の店に掲げ、(とはいっても店舗はないのよ)まだ見ぬお客様を求め、平成21年11月、ひっそりと開店します。

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引越しは大変だった

2009/10/07 00:40

なんとか家の中に荷物を押し込んで、ようやく引越しが一段落した。

引越ししながらまず驚いたのが、その荷物の多さだった。いつの間にこんなに貯め込んだのだろうと我ながら呆れる程である。思い出があって捨てられない物は別として、まだ使えるがしばらく使わなかったモノ、用途をかえれば何とか使えそうなモノなど、出るわ出るわ。今回の引越しで学んだ事とは、長い年月をかけて堆積したモノ、芸術的に隙間という隙間、あらゆる細部にまでに入り込んだモノとは、引越しするときに膨張するということであった。

これまで住んでいた長屋アパートから車で3分ほどのところにある一軒家に、たかが6畳と8畳の二部屋分の荷物をちょいちょいと運ぶだけだから、会社から借りた2トン車で2〜3回も運べば、あっという間に終わるだろうと、オラはたかをくくっていたのである。しかし、一度膨張したモノはどうやっても縮まない。そもそも、芸術なのだから縮むわけが無いのである。

何が2〜3回だ。10回運んでも終わらないじゃないか・・・と自分の見当の甘さにため息と悪態を吐きながら、いつ終わるのかしれない引越し作業を続ける事になった。2日間の連休では短かったかと嘆きながら、急いでむりやり押し込んだ荷物が、現在も身動きが取れない状態で重なっている。未だにダンボールに押し込んだままのモノがまだまだあって、どこに何があるのか見当もつかない状態である。そういえば、オラのズボンのベルトが見当たらない。一体どこに仕舞い込んだのだろう。

ここの家は、街道から2回曲がった所の街場といってもいいほどの場所にあって、しかも、入り口から家は見えず、そこから30mほど奥に、こじんまりと建っている小屋ほどの大きさの一軒家なためか、人の目にさらされていない森の中の秘密基地といった感じである。放置されていた期間が長かったため、伸びて枯れ、伸びて枯れして折り重なった雑草、手入れがされていない庭木は好き勝手な方向に枝を伸ばし、笹の根に締め付けられ枝に触れるだけで折れてしまうほど痩せた半死半生の桜や梅、家の前にまで迫った竹の根、家を囲む樹木は高く、広い庭の真ん中で見える空が異様に狭い。そして、どくだみのきつい匂いにつつまれた家である。だから、なによりヤブ蚊がすごい。ここに決める前に一度立ち寄った時には、車から降りた瞬間に3ヶ所も刺された。娘はその倍は刺され、ここは嫌だといったぐらいすごかった。

しかし、そんなことが気にならないほど気に入ったのが、大人2人で抱きついても手が回らない太さのブナの大木が、まるでトトロの樹のように家に寄り添っていることだった。それに、家の大きさとは不釣合いなほど広い庭も気に入った。車3台が停められるほどの大きさを求めてここに移り住んだのだが、草刈を終えてみると、どうも3台どころではない、どう見ても30台はいけそうな広大な庭が出現したので、大笑いした。

さて、大家さんがいうところでは、「木は、実がなるもの以外は全部切ってよろし。」とのことなので、ここに生えている柿の木以外は、切っても切らなくてもよいのだろうし、はたまた拡大解釈すればダヨ、すなわち、木の上にツリーハウスなどを建ててもよいということにはならないだろうか。そんなことを悶々と、ちょいとニヤケながら思っている今日この頃なのだ。

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コレハ我ガ祈願ノウチニアリキ?

2009/09/23 19:38

40年もの間、ジャン=アンリ・カジミール・ファーブルは、本人が『昆虫記』に記した「一歩も譲らぬ貧困」と闘いながら、誰にも邪魔されずにジガバチやアシナガバチの観察ができる祈願のマイホームを手に入れる。ホラティウスの言葉をかり、「コレハ我ガ祈願ノウチニアリキ」といったとか。そして、そこにアルマス(荒野)という名前をつけた。そのときの喜びは相当なものだったようである。

 

以下『完訳ファーブル昆虫記第2巻上』より引用

 

そうだ、これこそ私の願いであり、夢であった。憧れ続けてきたのに、いつも未来という霞のなかに逃れ去っていた、私の願いであり、夢だったのだ。

それに日々の糧をどうやって手に入れるかという、恐ろしい心配事にとらわれているものにとって、野原の真ん中に実験室をもつというのは、容易なことではない。四十年間というもの、私は一歩もゆずらず貧困と闘ってきた。そうして、あれほど欲しかった研究の場がとうとう手に入ったのである。そのためにはどれほど我慢しなければならなかったか、どれほど一所懸命はたらかなければならなかったか、それはもう言うまい。

 

さてと、

 

オラも・・・とはいってもただの一軒家(借家)に引越す事になった。先月から不動産屋まわりをしながら物件を物色し、ようやく「ここなら・・・」という一軒家を見つけたのだった。海から近く、高潮や大雨が降ると浸水しそうになるほど低く、まして津波など来ようものなら一撃で流されてしまうほどの所に住んでいたので、ここから脱出し、やや高い所で暮らすということはオラにとって祈願であったわけだ。

 

引越す先は、庭やその周囲は雑草がぼうぼうとしていて日本の気候が雑草の生育環境にとって素晴らしいものだとあらためて実感できる、アルマス(荒野)であった。引越す前になぜ草刈り機械を買わなければならないかと自問しながら、現在引越し作業の真っ只中にある。その引越しはようやく大体の見当が付いたけれど、インターネットの手続きが遅れてしまったので、10月5日頃になるという。

 

というわけで、しばらくブログをお休みします。

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祝島からの呼びかけ

2009/09/18 19:38





【緊急!】シーカヤッカーからの呼びかけ
ダイドック冒険学校の原康司くんを始めとする、海を愛するシーカヤッカーからの呼びかけです。

以下、転送・転載歓迎です。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

全国の海と自然を愛するみなさんへの緊急のお願いがあります。

報道でもご存知かも知れませんが、「生物多様性のホットスポット」「瀬戸内最後の楽園」とも形容される山口県上関町長島田ノ浦の海岸が埋め立てにより消失する危機に瀕しています。
もしこの海が森が削られ埋め立てられ原発が建設されると、放射性物質と化学薬品を含んだ7度高い温排水が毎秒190t流れ出し、この希少な生物多様性は回復出来ないまでに消滅する、と多くの学者も警告しています。もちろんこの辺りは瀬戸内でも最良の漁場としても知られているところです。

山口県は、原発建設に必要な原子炉設置許可申請すら出されていない状況にもかかわらず、海の埋め立ての許可を出してしまいました。
そして中国電力は原発予定地の目前に住む祝島の島民に対して説明も対話もないまま、海の埋め立てと原発の建設を強行しようとしています。

中国電力は9月10日から埋め立て着工として、山口県平生町田名埠頭に仮置きしてある埋め立て区域を示すための浮標灯(ブイ)の搬出を始めようとしました。その動きに対して海上では祝島の漁船団、数十隻とシーカヤックがもやいを結び、7日間にわたってこれを阻止しています。
陸上では祝島のお父さん、お母さんに加え、原発に反対する団体、地元住民が作業員の通用門に座り込みを続けています。

島のお父さんは、漁を休み、毎日朝早くから島を出発し阻止行動を続けています。
船がないお母さん達は漁師さんの船に同乗して、暑い日も雨の日も声の限りに一日中、中国電力の船に向かって叫び訴え続けています。
ほとんどが60代で、7、80代の方もおられます。一週間の阻止行動にも関わらず、みなさん元気です。

祝島の漁師さんは10億円を超えると言われる漁業補償金のすべてを拒否し「海は絶対に売らん!」と訴え続けています。
「海さえあれば生きていける、子や孫のためにこの海は守り続ける。」
祝島のお父さん、お母さんは原発建設が浮上した27年前からそう言い続けてきました。

子や孫とはまさしく僕達のことではないでしょうか。
現在、数艇のシーカヤック隊がその想いを引き継ぐため、祝島漁船団と共に行動しています。
現場には人々の怒号やシュプレヒコールが響いていますが、海を守りたいという熱く素直な想いが溢れています。
日を追うごとに応援に駆けつける人が増え、シーカヤックに乗せてほしいという若者たちが入れ替わり立ち代り海上行動を続けています。

ところが、中国電力をはじめ、県、そしてマスコミは、この事態を「祝島が反対している」と矮小化して伝えています。
そこには「祝島しか反対していない」という世論をつくる意図が見え隠れします。

しかし、僕達はもう気づいています。多くの人々の想いは祝島と一緒だということを。 今こそ、その想いを現場に届ける時です。
中電や県、そしてマスコミに、もう隠しきれない世論があることを示す時です。

そこで「ONE OCEAN!」を合言葉に海を愛する、そして守りたいと願うウォーターマンの方々に現地行動への参加を呼びかけます。
カヤック、カヌー、サーフボード、ゴムボート、ヨット、モーターボート、漁船、プレジャーボート、何でも良いと思います。
(大きな船の場合は自由に動き 回る事はできません。漁船と共に錨を打っての停泊になります。)
毎日8時間、9時間のにらみ合いです。沢山船があると近くの砂浜で交代や休憩もできます。ぜひ、僕達と一緒に海を守りましょう!

遠方で現地行動に参加できないけれども、想いを届けたいという人に布にメッセージを盛り込んで送ってもらおうというアクションも起こっています。詳しくはブログRadio Activeのトピック「布メッセージ募集」をご覧ください。「RadioActive」 

http://radio-active.cocolog-nifty.com/blog/

参加される方は次のことに注意して下さい。

祝島漁船団は27年の原発反対運動の中で数えきれないほどの海上阻止行動を続けてきました。
過激と思われがちな阻止行動ですが、これまで祝島の人たちは事故を起こさないよう、けが人を出さないよう、それでいてはっきりと自分たちの意思、主張を打ち出してきました。
それは島という共同体の中で長年培われてきた島人の絆の賜物であり、結束の形であると思います。

僕達は一人一人の意思でこの行動に参加していますが、阻止行動はあくまでも祝島への賛同・協力です。
祝島の意思を理解し、現場では冷静に対応することが必要です。県内のみならず、日本全国がこの阻止行動を注視しています。
シーマンとしての節度を持ち行動し続けることが、世論を変え、埋め立てを中止させることに繋がります。
参加して頂ける方は、 必ず今の状況を把握した上で、海での動き方を把握し、くれぐれも祝島漁船団への迷惑になるような行動は避けるようお願い致します。参加される前日までに必ず責任者に連絡をお願いします。

カヤック隊責任者 海上行動への協力者窓口 原 090-6843-9854

陸上の連絡先は 山戸 090-5069-8848 

また、現地の状況は日々変化しています。阻止行動がどれだけ継続できるかは流動的な部分もあります。
遠くからやって来たが、すでに阻止行動が終わっていたと言うこともあるかもしれません。 今後のスケジュールがたてられないという状況だということも了解した上での参加をお願い致します。現時点(9月16日)では9月19日の午前9時より大規模な現地集会が開催される予定となっています。



現在阻止行動が行われている場所
http://www.mapion.co.jp/here/all/090914/mapi0213400090914112601.html

参考サイト
Radio Active     http://radio-active.cocolog-nifty.com/blog/

祝島島民の会    http://shimabito.net/index.htm

上関原発最新情報  http://new-k.livedoor.biz/                                           


呼びかけ人 虹のカヤック隊より 石岡敬三 大田裕治 山口晴康 吉村健次 冨田貴史 原康司










画像




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これがピンクのカツオ

2009/09/18 00:28

ピンクのカツオは、気仙沼港に年に1本ぐらい水揚されている。ところで、気仙沼に年間カツオが何本水揚されているのかわかる人がいるだろうか。オラは見当もつかね。シロサケの若魚で鮭児(ケイジ)が10000本に1本で、とても貴重な鮭だとしても、そのレア度はピンクのカツオよりかなり低いんじゃないかと思うんだ。

 

そんな、かなりレアなピンクのカツオを画像におさめることが出来た。

 

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これが普通のカツオ。

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ひっくり返してみる。

 

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なんで、こんな色になったんだろうかね。

 

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顔もうっすらとピンク色。

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ピンキー

2009/09/16 21:16
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サケガシラだ。

 

 

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三年ぶりに

 

 

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相変わらず、面白い顔をしてる。

 

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だってこんなに顔が伸びるんだぜww

 

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全身は淡いピンク色をしたメタリック調。

 

 

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タチウオを幅広くしたような体型で、後頭部から始まるピンク色の背ビレ一基が、ピンと上を向いた尾ビレの付け根までつながっている。サケガシラはこのヒレをヒラヒラとさせながら泳ぐんだ。

 

詳しくはこちら

2006 6月26日の市場 サケガシラ アングラな魚日記

■三陸魚図鑑
サケガシラのページへ

 

 

 

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魚市場では、非売にする判断をしたようだ。ま、売ったところで、誰も買わないだろう。今までもそうだったからね。

 

と、ここで、

 

相棒から電話が来た。

 

電話の向こうで・・・






ピンクのカツオ 23番ホーーム!

と絶叫してる。


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ピンクのカツオ?


とうとうアイツも来てしまったのか・・・と思いつつ、

次回へ続く・・・

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バショウカジキ

2009/09/16 20:09
イカ釣船がバショウカジキを釣ってきた。

 

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シロサケ程度の大きさだ。

 

 

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手のりサイズだねwww

 

 

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バショウカジキの大きな背ビレが、芭蕉の葉っぱのように見えることから一般に漢字名は芭蕉梶木などと表記されている。気仙沼では、これをを「羽生(ばしょう)」と表示している。もし、松尾芭蕉が奥の細道の「松島→石巻→登米→平泉」というルートを、「松島→石巻→気仙沼→平泉」としたならば、羽生カジキではなく芭蕉カジキになっていたかもしれない。

 

◆松尾芭蕉隠密説-wiki

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