アングラな魚日記

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zoom RSS 今日は、原爆についてまじめに考えてみる

<<   作成日時 : 2007/08/06 22:53   >>

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 8月6日、午前8時15分。気仙沼でも62年前の原爆投下の時間にあわせ、サイレンが鳴り響きました。オラは、仕事の手をとめ、しばし黙祷・・・周りでは、「いったい何のサイレンだい?」な〜んて言ってたから、アメリカが原爆を落とした日だよって教えてあげたんだ。

 今年、秋葉広島市長は平和宣言の中で、国は被爆についてもっと学ぶように述べられていましたね。当然ながらオラもそう思います。一握りの権力者と、戦争によって利益を得る人間が原爆投下や戦争についていくら正当化しようとも、真実はそこにはありません。なぜなら、戦争や原爆の悲惨さは、被害者である市民のみが知っていて、彼らの言葉こそ真実であると思うからです。 

■平 和 宣 言 (抜粋) 2007年(平成19年)8月6日
http://www.city.hiroshima.jp/www/contents/0000000000000/1110537278566/index.html
 唯一の被爆国である日本国政府には、まず謙虚に被爆の実相と被爆者の哲学を学び、それを世界に広める責任があります。同時に、国際法により核兵器廃絶のため誠実に努力する義務を負う日本国政府は、世界に誇るべき平和憲法をあるがままに遵守し、米国の時代遅れで誤った政策にははっきり「ノー」と言うべきです。



 最近、アメリカによって投下された原子力爆弾によって広島、長崎で被爆し、ガンなどに苦しんでいる人たち(被爆者)が原爆症に認定されなかったことを不服として、全国13地裁に集団提訴をしているニュースをよく見ます。国の被爆者援護法の認定基準をめぐり司法の場で争われたこの一連の裁判は、2006年5月には大阪、そして広島、名古屋、仙台、東京と5回連続の敗訴。そしてついに熊本で6回連続の敗訴をしました。被爆者援護法に基づく認定申請を、一定の基準を適用して却下し続けていた国の姿勢を、司法が不当であると判断したわけです。

 原子力爆弾投下後に、肉親を探すなどして爆心地付近に一時的に入った人や、爆心地から5〜6キロ以上離れて被曝した人などが体の不調を訴えても国が認めなかったために、いままで多くの人たちが苦しんでいました。原告の方々は、すでに平均年齢が70歳を超える高齢であり、長年ガンなどと戦いながら苦しい時代を生き抜き、また、最近になってようやく子孫に対する被曝者差別の心配がなくなって、「私たちはヒバクシャである、どうか認めてほしい」と堂々と主張するようになりました。これまで、急がれる救済かかわらず、国はさらに争う姿勢を崩してはいませんでした。が、原爆の日の今日、今までの姿勢を一変し、アベシンゾー総理がヒバクシャに対し、この認定基準の見直しを始めると約束しています。

 国が6回連続で敗訴したということ、この事は私達の未来を考えていく上で重要な意味を含んでいます。原爆の被曝者が、年月を経てガンなどにかかり苦しんでいても、国は「原爆症」と認定せず医療費の支給を拒んでいたのは、これを認めた場合、財政負担が大きすぎるからという単純な理由からだけではなく、内部被曝や低線量被曝の影響を意図的に過小評価していた日本の原子力政策にとって、大きなマイナスになるからだと私は考えています。これを認めると、被曝労働に依存している日本の原子力発電そのものが経済性を失い、動かせなくなるほどの意味を持っているからです。

 裁判の経過は別としても、何故「原爆症」を発症したのか、これを考えなくてはなりません。放射性物質が体の中に入ると、体の内部から被曝させる・・・いわゆる「内部被曝」によって人間の一番弱い部分を命の根っこからくじいていきます。今回の判決は、日本のエネルギー政策が “放射線は微量ならば安全である”ということを示すために戦後から今まで積み重ねてきたデータを「事実が否定」し、また直接ではないにしろ「司法が不当であると判断した」ということになります。今まで闇に閉ざされてきた内部被曝の本当の姿が集団訴訟によって明らかになり始めてきたと言ってもよいのでしょう。

 アメリカは、原爆投下によって200万人の日本人を救ったなどと正当化していますし、それを肯定するようにアベ内閣の元閣僚キュウマさんの原爆しょうがない発言にはあきれるばかり。そして、アベ内閣が発足した時に、市民の反応をうかがうように沸きあがった原爆保有論議。それらを考えるに、原子力大好きアベ総理が認定基準の見直しを始めると確約した裏には何があるのか、じっくりと見極める必要があると考えている人は、きっとオラだけではないでしょう。“核の平和利用”並みに矛盾している総理の決断は、ヒバクシャ以外を見ているのかもしれません。

  

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コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
アメリカによる原爆投下は、非戦闘員である広島・長崎一般市民大量殺害であることを忘れてはいけないと思います。
あの状況で原爆投下する理由は何であったのかその後の世界情勢を見れば推し量ることもできます。
同時にB29による主要都市無差別爆撃もそうであります。
当時の大本営「1億総玉砕」指令=1億総ゲリラ化のせいだということになっていますが。
joe
2007/08/07 17:08
joeさま、こんばんは
そうですね、おっしゃるとおり原爆投下は一般市民大量殺害そのものです。
これに対しアメリカは、「広島・長崎における原爆投下の影響は局所的であり、放射能汚染は問題にならない。放射線そのもので死んだ人間の数は少なく、投下後3〜4週間で死ぬべき者はすべて死んだ。第二次大戦を終結させ、100万人のアメリカ兵が無駄に死ぬことを回避させ、平和をもたらした効果的な兵器であった。」原爆を美化するにもほどがあります。
mako@管理人
2007/08/07 23:30
反核は過去の問題ではなく、未来の問題として捉えるべきだと思います。どうも日本では、過去の出来事としてしか取り上げられていないのが残念です。
戦争早期終結のためなら原爆を使ってもよいという理屈を認めれば、今後も使われる可能性が十分あります。
どんな理由であれ核兵器の使用は絶対に認めてはいけない、人類にとってナガサキを最後の被爆地にしなければならないと思うのです。
そういう視点で原爆の非人間性と放射能の危険性を世界に訴えていくべきでしょう。
バカ殿ポチ安倍の頭には、そんな発想はカケラも無いと思いますが。厚生省は恥知らずにも6回目の控訴をしましたしね。
電気猫
2007/08/11 08:24
電気猫さん、こんばんは
そうですね〜今後も風化していかないように未来に伝えていかなくてはならないのでしょう。アベソーリは核爆弾の保持については岸オジイチャンの遺言の通り“前向き”。なぜこういう人が総理なのか・・・。日本という国は不思議な国ですね。
アベソーリが基準見直しを確約した直後、厚生労働省が6回目の控訴しちゃいましたね。なに考えてるんだか・・。
もう、官僚はアベソーリの次を見ているのでしょうか。
mako@管理人
2007/08/12 21:24

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